大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和47年(オ)111号 判決

上告人

株式会社第一相互銀行

右代表者

舘内四郎

右訴訟代理人

平田政蔵

被上告人

金石泰次

右訴訟代理人

渡辺重視

外二名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人平田政蔵の上告理由第一点について。

原審の認定したところによれば、訴外株式会社加瀬商店は上告人に対し、昭和三六年一月三一日現在、原判決別紙第一目録記載の定期預金債権、定期積金債権、当座預金債権および普通預金債権(以下、これらを一括して本件預金債権という。)を有していたが、同年二月上旬本件預金債権を原審脱退被控訴人東京繊維株式会社(以下、脱退控訴人という。)に譲渡し、同月九日その旨の通知が上告人に到達した。ところで、本件預金債権には上告人の承諾がなければ譲渡しえない旨の特約があつたが、当時株式会社加瀬商店が倒産したため、これと取引関係にあつた債権者らの代表として脱退被控訴人は、その取引代金の代物弁済として本件預金債権の譲渡を受けることとしたものであり、加瀬商店にも異存がなく、また当時本件預金債権の預金証書等は上告人の手中にあつたなどの事情により、脱退被控訴人らは右譲渡禁止の特約のあることを知らずにその譲渡を受けた、というのである。

ところで、民法四六六条二項は債権の譲渡を禁止する特約は善意の第三者に対抗することができない旨規定し、その文言上は第三者の過失の有無を問わないかのようであるが、重大な過失は悪意と同様に取り扱うべきものであるから、譲渡禁止の特約の存在を知らずに債権を譲り受けた場合であつても、これにつき譲受人に重大な過失があるときは、悪意の譲受人と同様、譲渡によつてその債権を取得しえないものと解するのを相当とする。そして、銀行を債務者とする各種の預金債権については一般に譲渡禁止の特約が付されて預金証書等にその旨が記載されており、また預金の種類によつては、明示の特約がなくとも、その性質上黙示の特約があるものと解されていることは、ひろく知られているところであつて、このことは少なくとも銀行取引につき経験のある者にとつては周知の事柄に属するというべきである。

叙上の見地に立つて本件を見るに、本件預金債権の譲受人である脱退被控訴人が前記譲渡禁止の特約の存在につき善意であつた旨の原審の認定は、判示のごとき事実関係のもとにおいては首肯しえないではないけれども、上告人がその主張の譲渡禁止の特約をもつて脱退被控訴人に対抗することができるかどうかを判断するためには、原審はさらにすすんで釈明権を行使し、脱退被控訴人に重大な過失があつたかどうかについての主張立証を尽くさせるべきであつたのである。しかるに、原審はこの点についてなんら判示するところがないのであるから、原判決には民法四六六条二項の解釈を誤り、ひいて審理不尽の違法があるのを免れない。本件上告は、この点において理由があるものというべきである。

よつて、上告理由中その余の点についての判断を省略し、民訴法四〇七条一項により原判決を破棄し、前記の事情につきさらに審理させるため本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

上告代理人平田政蔵の上告理由

原判決には左記の通り判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があり、破棄せらるべきである。

第一点 本件預金、積金等債権には譲渡禁止の特約があつたことは第一審の証人横塚文彦(第一回)の証言及び弁論の全趣旨から本件預金債権の証書であることが認められる乙第五、第六号証、第八、第九号証、第十一ないし第十三号証、第十五ないし第十七号証、第十九号証の記載をあわせれば明らかであり、随つて本件預金、積金等の債権は上告人の承諾がなければ譲渡しえないのである。

然るに脱退、被控訴人(第一審原告)は右譲渡禁止の特約があつたことを充分承知で(この点脱退被控訴人代表者本人の尋問やその地位等からも明らかであるのみならず、本件の如き銀行預金にはすべて譲渡禁止の特約があることは公知の事実であり、脱退被控訴人は当然これを知悉して居たことは明らかである)本件預金、積金等債権の譲渡を訴外株式会社加瀬商店(以下訴外加瀬商店という)から受けたものである。

然りとすれば、原判決の判断は民法第四六六条第二項の解釈を誤り、右条項に違背するものというべきである。〈以下略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例